今この瞬間にも、世界中の多くの発明家や企業家が創作的なアイデア製品を生み出している。しかし、全てのアイデア製品が成功するわけではない。むしろ、ちょっとした思いつきのみで、世の中に消えていく製品を考えれば、9割以上が市場に出回ることなく、埋もれてしまうだろう。

 アイデア製品を創作して、近くの有名なホームセンターや、高級デパートに自分の商品が並ぶ。Amazonや楽天のネット通販サイトで自分のアイデア製品が上位の売上を誇る。このように、市場での成功を勝ち取ることは、発明家と企業家の最終的な目的の一つであろう。また、市場での成功は、地域経済の活性化や新たな需要の創出という点でも、多くの関係者が注目するところである。

 しかし、ほとんどの発明者は、自分が考えたアイデア製品が、この製品がなくて困っている人の役に立ちたいと、ただ純粋に考えて創作を始める。すなわち、自分の身近にいる人へのちょっとした親切心から、アイデア製品を創作し始めるのである。例えば、宮崎の個人発明家である青木康さんは、ネクタイをするときに、首の後に手を回すことができない障害者や高齢者のために、ホック式のネクタイ留めを開発した(商品名「タイアップのアオキ」)。開発当時は、福祉ネクタイと呼んでおり、障害者に簡単にネクタイをさせたいという想いから、研究開発に至ったということ(現在では、大手ホームセンターでも販売中)。

 このような、ちょっとした親切心から始まるアイデア製品を、最終的に、市場での成功まで到達させるためには、どのようなステップを踏めば良いのだろうか?そこまでの道のりは、雲をつかむように明確ではない。

 そこで、アイデア製品を市場で成功させるまでの「ものづくりの航海図」について考えてみたい。アイデア製品が市場で成功するまでのロードマップが描ければ、発明家自身が現在、マップ上のどのステップにいて、何の問題を解決すれば、次のステップへ進めるかということが明確になるのではないか。

 Fig.1に示すように、成功する「ものづくり」のステップは、6段階で構成される。

 

 [第1ステップ]課題の発見 

 ものづくりの最初の段階は、「課題の発見」であり、「こういうものがあったら」という気づきである。上述の青木さんが、障害者からネクタイに関するニーズを聞いたように、「障害者は首の後に手を回すことができない」という課題に気がつくことである。このステップがないと、ものづくりは何も始まらない。発明とは、最初に課題ありきなのである。

 このステップで止まってしまう人、すなわち、課題が思いつかないという人は、誰か?自社での独自の新製品を開発したいが、うちの会社では、なにも思いつかないと嘆いてしまう経営者は、このステップで止まっているといえる。その場合の対処方法は、先ず、顧客との会話により、顧客ニーズを掴むことである。顧客がどんな課題を持っているのか、どんな問題を抱えているのか、作り手側が顧客(消費者)の感覚を共有する必要がある。このステップを経て、ものづくりを始めるには、まず、顧客との交流がポイントであろう。

 

 [第2ステップ]解決する手段の創造

 次の段階は、第1ステップの課題を解決するための手段の創造である。一般的には、この段階を発明と呼ぶように思う。つまり、発明家がその課題について検討し、先行する技術を調査し、技術的知識を駆使して、発明を解決するための手段を創作するのである。

 このステップで止まってしまった場合、すなわち、解決する手段が思いつかない場合に頼りになるのは、技術専門家やエンジニアの存在である。彼らの技術的知識により課題を克服するヒントを得る。なぜなら、彼らは類似する先行技術の解決手段を知っているからである。

 この第2ステップを克服して、解決する手段にある程度の目処がついた段階で、特許や実用新案権の取得を検討してみるべきだ。これから先のステップに進むにあたり、多くの人にアイデア製品を見られる機会が増えるため、アイデア製品の情報の漏洩や盗作を防止するためである。また、発明の目が肥えている弁理士と会話することで、あなたのアイデア製品に対して新たな提案をしてくれる可能性も高い。

 

 [第3ステップ]アイデアのデザイン化

 次の段階は、第2ステップで生まれた「解決する手段」のデザイン化である。ここで、多くの人がデザイン化というと、その製品の外見や見た目のみを決めることと考えてしまう。しかし、一般に工業デザインとは、アイデア製品の使用用途、頻度、使用する顧客層等を考慮して、製品を構成する材料と形状を決定する作業も含む。一般に発明家は、解決する手段のイメージまではできるが、現実的にその製品が、消費者に購入しやすい適当な価格設定で、耐用年数も所定期間あるような材料や形状、大きさの選定まではイメージが難しい場合も多い。

 このステップで止まってしまった場合、すなわち、デザイン化ができない場合に頼りになるのは、工業デザイナやアイデア製品の類似品を製造しているメーカ等の技術専門家である。

 

 [第4ステップ]試作品の制作

 アイデア製品のデザインも確定し、工業的な図面が起こせたなら、次の段階は、試作品の製作である。実際に物を作って、製品を手に取らなければ、頭の中だけで考えていたときには予想もしなかった課題があるかもしれない。試作品を作って、また前のステップに戻って解決手段を再検討することは、よくあることである。むしろ、そのような試行錯誤により高められるアイデア製品こそが成功を勝ち取るのではないか。試作品の製作は、費用もかかり、躊躇することも多い。最初から完璧なものを目指すのではなく、考えるために作るという発想を忘れないでほしい。

 この段階で止まってしまった場合、すなわち、試作品を作ることができない場合に頼りになるのは、試作品を制作してくれるメーカである。これらのメーカは、1,2の個数でも、試作品を制作してくる。試作品メーカがわからない場合は、各県に設置された産業に関する財団の相談窓口に問い合わせてみると良いだろう。

 

 この第4ステップに到達している時点で、おそらく、あなたは、周りの人からちょっとした発明家と呼ばれるようになる。あなたが、もし、このステップで満足するならば、発明を趣味として捉えているからだ。もちろん、ここまでで満足されても全く問題ないが、ここまでで終了するならば、発明が文化の領域でしかない。発明家が、経済の活性化を目指すのならば、次のステップへ進む。

 

 [第5ステップ]販売先の協力

 自信が持てる試作品が完成したならば、次の段階は、販売先の協力である。販売先がなければ、市場での成功は約束できない。しかし、大手のホームセンターやデパート、ネット通販の企画室では、常に新しいアイデア製品を探している。発明家の製品を常に待っているのだ。したがって、バイヤーと言われる彼らに試作品を見てもらえれば、市場での販売を見込めると言える。また、この段階で、発明家は、初めて、真剣にコストについて検討をはじめることになる。

 しかし、この段階で、市場のバイヤーに厳しい意見をもらうことも否めない。消費者ニーズに敏感なバイヤーからアイデア製品について意見をもらうことになると、そのような感覚が普段、あまりない発明家にとっては、厳しい意見をもらう場合もあるだろう。全く感覚が折り合わず、試作品の製作のステップへ逆戻りする場合も多い。しかし、彼らの販売能力と実績は認めなければならい。そこで、何度でも諦めず、彼らバイヤーの意見を真摯に聞いて、販売先の協力を得ることが、このステップを乗り越える近道ではないかと考える。

 

 [第6ステップ]製造ラインによる生産

 ようやくバイヤーからの販売の承認が得た矢先、そのバイヤーから「それでは、1万個を来月までに納入してください」と言われるかもしれません。今まで、多くても10個単位でしか作っていなかったのに、急に、1万個!と、とんでもないオーダーで注文が来る・・。このように後から慌てないように、販売先との交渉時から、並行して、製造ラインによる生産と製品1つあたりの単価を検討しておく必要がある。提携する工場には、アイデア製品を量産するための金型を製作してもらい、あなたのアイデア製品を製造する量産ラインを稼働してもらう。ここで、提携する生産ラインは、労働コストが安い海外での生産も検討すべきであろう。

 

 第6ステップを超えれば、晴れて!市場で成功する発明家になったといえるのではないか。その後、あなたは、自分のホームページから直接発注が来り、海外からも問い合わせが来ることも夢ではありません。さらに、他人に製造、販売の特許ライセンスすることもできるかもしれません。素晴らしいですね、おめでとうございます!

 

 いやいや、いくら航海図を示してくれても、自分には、とても、6つのステップを全て乗り越えられるとは思えないって?

 

 そうです。あなただけでは、ものづくりの荒波は、乗り越えられないかもしれません。でも、あなたさえ素直になれれば、成功へのルートを教えてくれる仲間の声が聞こえるはずです。

 

 「自分だけの世界でしか、発明を考えていなくて、人からの意見を素直に聞けないんだよ。そんな発明家は僕に言わせると、田舎の発明家で、その先がないんだ。」

 

 宮崎県の日南家具工芸社の池田さんは、東京の新国立劇場の天井の音響反射板を担当するほどの木材加工の専門家。彼のところには、木材で試作品を作って欲しいという発明家が数多く訪れる。その池田さんの一言である。上述の6つのステップを、発明家が一人で乗り越えるとは考えにくい。各段階で現れる、多くの人の助言を、素直に、謙虚に、一つのアイデア製品に入れ込めなければ、荒波に吹き飛ばされて、市場での成功は難しいだろう。発明を文化で終わらせることも、発明家の自由である。しかし、もっと上を目指すならば、多くの方とのコラボレーションでアイデア製品が完成することを意識したい。